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ケン・ラッセル
性や暴力をテーマにした過激な作風で有名なイギリスの映画監督。 実際には過激なものからドキュメンタリー系、正統的なものまでかなり 幅広く手掛けている。 好き嫌いが別れる監督だけど、俺は好きだ。 有名な作品は「恋する女たち」「マーラー」「チャタレイ婦人の恋人」 などだろうか。 しかし、個人的には何と言ってもこれである!! The Whoの歴史的なロックオペラムービー「Tommy」。 なんせロックオペラなので、特に日本人にはピンとこないし、 映画自体の評価がどうなのかもよく知らないが、 The Whoファンの自分的にはなかなか面白かった。 特に、ビビッドな映像が非常に印象的。 今回調べてみて「アルタード・ステーツ」も同じ監督の作品だったと知り、 意外に思うと同時になるほどと思った。 あの映画もすごくビビッドなトーンが印象に残っていたから。
お笑いというのは最終的に感覚の問題だと思う。
高い技術と鋭い感覚、そして頭脳の回転の良さ。 これらを持ち合わせた人間だけがお笑いの境地に達することができる。 それは芸人でもそんなに多くないと思う。 ことに保守的であることを良しとする落語の世界では少ない。 知る限りでは立川談志だけである。 ただ、悲しいかな 感覚と頭の回転は老化とともに衰えるものでもある。 技術だけでは守りの笑いにしかならない。 年寄り相手の芸ならそれくらいでちょうど良いのだろうが。 晩年の談志はさぞ悔しかったに違いない。
イギリスのジャズピアニスト、ゴードン・ベック。
自らのリーダーアルバムよりもむしろ他のミュージシャンとの競演で数々の名演を残した。 ジョン・マクラフリンやアラン・ホールズワースと競演が有名だが、 何と言ってもヘレン・メリルと供にピアノ&ボーカルのデュオという形で発表した「No Tears,No Goodbyes」が最高。 個人的にヘレン・メリルの大ファンだということもあって思い入れがある。 冥福を祈りたい。
レイニーウッドの頃は好きでよく聴いてた。
何と言ってもあの独特のしゃがれ声と泣きのギター、 そして楽曲の洋楽っぽいテイストが魅力的だった。 若い頃から妙に渋くて、枯れた大人の味わいがあった。 柳ジョージの曲を聴くと、そんな大人のロックに憧れた 多感な時期を思い出す。 エレキギターを弾きながら歌うというスタイルが好きなのは きっとCHARや柳ジョージの影響が少なからずあるだろう。 まだ63歳。 早すぎる彼の死は残念でならない。
日吉ミミというと昭和45年のヒット曲「男と女のお話」であり、
ぶっちゃけそれ以外何も知らない。 ただ、その強烈な歌声は今でも強く印象に残っている。 独特な声質、 つくづくそれは選ばれし人に神が与えた宝物であると 改めて思ったりした。 羨ましい限りである。
横浜出身、アメリカ進駐軍の黒人GIと日本人の混血児、養護院育ち、
元プロボクサー、etc まるで不良の音楽と呼ばれた時代の日本のロックのイメージを地でいくようなプロフィール。そしてその容貌。 当時の映画や漫画の中に出てくるロックスター像も明らかに彼をモデルにしたものが少なくない。 ジョー山中。 間違いなく日本のロック史上最高のロックボーカリストの一人だった。 そのハイトーンボーカルはやはり黒人の血を引いてるからだろうか、 文字通り日本人離れしている。 1970年にフラワー・トラベリン・バンドでレコードデビュー。 73年のバンド解散後はソロ活動を始め、77年の映画「人間の証明」で 俳優としてもデビュー、主題歌も大ヒット、というのは誰もが知るところ。 ジョー山中について強く思うことはこうだ。 フラワー・トラベリン・バンドやその周辺にもっと才能のあるコンポーザーがいたら、きっと世界に通用する偉大なバンドになっただろう。 ジョー山中という稀有な才能のボーカルを活かしきれていないのが 残念でしょうがない。 だけど当時、 和製ロックはまだ海外の物真似から始めて間もない黎明期だったろうし それは望むべくもない「たられば」の話でしかないのかもしれない。 そしてその後 レゲエ路線にシフトするソロ活動についても個人的な感想は変わらない。 レゲエ路線もそれはそれでクォリティーも高いし良いのだけど、やはり彼の 一番の持ち味はロックボーカルの中で発揮されるものだと思うから。 時には 本人が楽曲を作らない方が才能を発揮できるというケースもあるのだ。 フラワー・トラベリン・バンドの中で名曲だと思えるのが1曲だけある。 「Make Up」。 これは今聴いても相当カッコいい ↓
子供の頃SF小説にどっぷりハマッたのは
小松左京を読んでからである。 長編が好きだけど、 ショートショートの中にたった3行くらいの短編があって、 ひどくそれが印象に残っている。 細かい表現は憶えていないが、こんなような内容。 「ある日突然地球がグシャッという音と共にペチャンコに潰れた。 月も太陽も周りの星もみんないっせいにグシャッと潰れた。 今までずっと落下していたのだ」 3行読む間のほんの数秒で 価値観がガラガラと崩壊するような感覚を憶えたっけ。 晩年は別人のように痩せこけてしまい、 欝病にかかって断筆したりと大変だったらしいが、 これまで残した功績の数々は色あせることはない。 偉大な作家である。 冥福を祈りたい。
グラミー賞も受賞したエイミー・ワインハウス。
独特のカリスマ性があって、最近の女性アーティストの中では かなり好きな人だった。 薬物中毒やアルコール依存症で何度もスキャンダルを起こしてきただけに やはり・・・と思わずにはいられない。 ジョップリンやヘンドリックスやモリソンと同じ27歳だったし、 人は伝説を作りたがるものだから。 実際の死因はまだ特製されていないが、 いきなり断酒したことによるアルコール離脱症という説が有力だとか。 ショービジネスの世界では 大スターであるが故の虚像と実像のギャップに悩み、 アルコールやドラッグに依存していくというケースも少なくないと聞く。 破天荒といわれた彼女だけれど、 本当はそういう人だったのかもしれない、とふと思った。
(ニュー)ミュージック・マガジンやレコード・コレクターといった
音楽雑誌を作り続けた、音楽評論家の先駆者でもある中村とうよう。 音楽評論家という人種の中では一番まともな人だったように思う。 音楽を文章で表現するスタンスが一定であり、 膨大な知識量に裏打ちされているところが信用に値する評論家だった。 しかし、 ぴあが廃刊になった日に飛び降り自殺をしてしまった。 数年前のインタビューで彼はこんなことを言っている。 「自分が生きてる間に音楽がどこに行くのか 見届けねばならないと思っています」 自殺の理由は明らかになっていないが、現在の 音楽と音楽を取り巻く状況に希望を見出せなくなったのかもしれない。 その気持ちは分かる気がする。
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